「幕張メッセ最新動向:グローバルメガセンターへ飛躍」

(出典:株式会社ニューメディア発行「NEW MEDIA 1-1998」)

メッセ新時代
平成9年10月1日、秋晴れの朝。幕張メッセの新展示ホールがオープンした。これまでの6750平米*8ホールに、合計18000平米の新ホールが加わり、72000平米に。イベントホールのアリーナ3000平米を加えれば、総展示場面積75000平米となった。
米国では、メガセンター(大規模コンベンションセンター)が展示場面積20万平米のオーダーに入った。ドイツのメッセ会場は45万平米のハノーバーを筆頭に10万平米クラスがめじろ押し。アジアでは、シンガポールが6万平米の展示場を建設中。台北でも新たに展示場面積7万平米を計画中だ。ビッグサイトと幕張メッセを合わせた総展示場面積15万5千平米は関東圏のGRPからすればけっして大きすぎることはない。

12月にメッセを全館利用するSEMICON JAPAN。「一昨年3000小間を突破し、今回は4000小間を越える為、メッセの新ホールが無ければ収容できなかった。2000年にはさらに展示ホールが不足する可能性がある。」とSEMI JAPANの小谷部長はうれしい悲鳴を上げる。世界のコンベンション都市に造詣の深い本紙編集主幹の天野昭氏は「ビッグサイトと幕張メッセが供にメガセンターの資格を持ったことで東京湾岸戦争等と足の引張合をするのではなしに、両者が一緒になって世界のメガコンベンション競争を戦う資格ができたということではないのか。」と語る。むしろエレクトロニクス協会の入江事務局長は10月のエレショーの会場で取材に対し、次のように問題提起した。「わが国の展示会メディアが欧米に比べて著しくステータスが低いことに問題がある。欧米では三大メディアの中で展示会メディアがもっともステータスが高い。展示会を欧米並のメディアステータスあるいはビジネススタンダードにするために主催者、関連業界と展示会場がともに切磋琢磨する時代にはいった。」

日本の展示会がデファクトスタンダードにむけて実質的な転換の時期を迎えたのではないか。メッセの新ホール完成はこうした展示会産業の新時代を担っての船出なのだ。

新しい舞台で展示会が踊る
メッセの開業は平成元年。当時の外圧と、展示会産業そのものの変革の波が新しい舞台である幕張メッセに押し寄せた。展示会産業新時代の第1場の開幕であった。メッセ開業直後に開催された東京モーターショーでは、わが国で初めて2階建てのブースが登場した。当時のモーターショー主催事務局の関係者は、次のように当時を振り返る。「海外の出展者から2階建てブースが認められないのは非関税障壁だ、という声が前々からあり対応を迫られていた。会場の構造が可能とした面もあるがモーターショー事務局と千葉の消防との粘り強い交渉の成果だとおもう。」

それ以降、モーターショーの2階建てブースは回を重ねるごとに各社各様に造作が洗練の度を増している。ちなみに、前回メルセデスベンツが持ち込んだブースは、資材移送用のコンテナを積み重ねたもの。フランクフルト、東京、デトロイトと世界をサーキットする自動車ショーならではのモバイル型展示、廃材を出さないエコ対応展示の在り方を示すものだった。その後、モーターショー以外では今年春に開催されたCOMDEX JAPANでテキサスインスツルメント始め多数の2階建てブースが見受けられた。米欧アジアをサーキットするIT関連の展示会として、当然の演出であったに違いない。

メッセの展示場は2階のエントランスから入る。出展ブースを上から俯瞰しながらエスカレータで会場へ・・。この空間構成が展示会の演出方法を変えた。当時の木工と経師の世界では、メッセのように上からブースを俯瞰されることは耐えられなかった。今日では立体造作、つまり上から見られることを意識したブースデザインが一般化した。9月に行われたばかりのpc worlde xpo97では7メートルに及ぶハイライズのブースが多数施工された。(一般にはブース高は4メートル)

メッセが世界標準を提起した例もある。メッセは俯瞰型展示空間ゆえに、展示場の奥の方が見渡せる。奥のブースは来場者の目に触れやすい。来場者を奥まで誘導できる。だから、メッセではエントランス周辺に中小のブースを配置し、奥に大型ブースを配置するレイアウトが定石化した。中小規模の出展者にとっては、来場者の往来が少ない会場の奥で苦汁をなめていたのが舞台最前方に並ぶことになり好評だ。最近ではメッセを使う大型展示会の多くがこのレイアウトを採用するようになった。「セミコンは海外から約100社が毎年出展するが、このレイアウトがメッセ方式として定着し、海外からも大変好評だ。」SEMI JAPANの小谷氏はこう評価する。

世界標準のロケーション
コンベンションセンターはロジスティックスと深い関係を持つ。ドイツのBMWがルフトハンザのジャンボ機をチャーターし、展示用の車はむろんのこと、モーターショーのブース設営クルー一同を乗せて成田空港に飛来するのは業界でも有名だ。メッセ会場に乗り込み設営から撤去まで自国のクルーがこなす様はさながら軍隊が戦場でベースキャンプを設営するにイメージは近いかもしれない。

展示会の世界サーキットという点ではソフトバンクフォーラム社が主催するINTEROP+networldでも米国のクルーが大挙して幕張に陣を張る。総額数億円といわれるNOC(ネットワークオペレーションセンター)関連機材一式を米国から空輸し、メッセの保税展示場に設置。常連の警備会社のスタッフは「会期目前に飛来したクルー一同は成田から幕張のホテルにチェックイン。その日から昼夜を徹してNOCのオペレーションに当たる。終わるとまた次のショーに向けて旅立つらしい。」と語る。メッセ開業直前にニューヨークの主催者から「成田空港からメッセまでの時間、距離だけを知りたい。それだけでよい。」という質問を受けたことを思い出す。

話は脇に逸れるがINTEROPーNETWORLDに詰める通関業者は「メッセに出展した翌年には海外出展者の保税申請額が減る例が増えている。出展したことで国内に販路が開け、翌年には支店や営業所を開設するから、国内調達ものや通関した商品を展示するようになるからだ。展示会の効用が実感できる。」と語る。

CATV=メッセチャンネルの時代が来る
IT系の大型展示会の伸びが著しいのもメッセの特徴だ。本年9月幕張で日経BP社がPC-WORLD EXPOを開催した。開会の席で日経BP社の永田晨会長が「一昨年は3つ、昨年は6つ、そして今年は8つと幕張メッセの全てのホール(本年9月時点)を使っての開催となった。まさにパソコン産業の急速な発展を反映したかたちだ。」と挨拶した。

そのPC-WORLD EXPOで、初めて構内CATVと新都心のCATV回線がむすばれ展示会の中継、録画映像が送出された。周辺の各ホテルの客室でも空きチャンネルから展示会の映像が流れた。ヘッドエンドを改良することで既設の電障対策用のメタルCATV回線で770MHzを出すことができた。カメラワーク、回線の接続、システムの運用を担ったのは地元NTTの担当陣とメッセのクルー達だ。日経BP社の真水部長は「今回のCATVはライブ感覚で街とつなぐことができた。技術動向、製品動向などをまとめて伝えることができ、来場者は効率的に会場視察ができたと思う。」と今回のCATVを評価する。メッセでは、「ある展示会が試験的に取り込んだ技術、システム、サービスが反響を呼ぶと、他の主催者も概ねそれらを取り込むようになる。」(前述のNTT海保氏)

「世界のメガコンベンションセンターには、地域CATVのコンベンションチャンネルはもとより、衛星波、地上波、インターネット、さらにはパッケージメディアを駆使して全国、世界に映像を配信する展示会映像専門のプロダクションができ始めている。世界標準の展示会サイトとなった幕張でもメッセTVができて当然。早い者勝ちだ。」本誌編集主幹の天野昭氏が主張する。

メッセとメッセ都市がシームレス化する
INTEROP+NETWORLDEXPOでは、NOCもルーターも、LANそのものも主催者のテーマ展示だ。そのためにLANケーブルは空中にはられ出展者の各ブースに上からアクセス。21世紀の展示場は床耐荷重とネットワークへのフリーアクセスという相矛盾する課題に直面するのに、この展示会は米国流の回答を用意してくれた。ちなみに最新鋭のLANテクノロジーを見せるためのゲストツアーが展示会に付帯する点も米国流だ。

メッセでは展示会セミナーのゲストスピーカが急きょ来日不可能となったとき、48時間後には下りをインターネット、上りは衛星回線でテレコンファレンスを実行。主催者の望む演出グレードと予算上の制約を制限時間内で見事にクリアした。先のPCWORLDEXPOではメッセと新都心のビル群を結び、CATVの中継が可能となった。これからは、幕張新都心全体をイベント会場としてとらえた実験が展示会を通して行われよう。

例えば先のエレクトロニクスショーでDVD-ROMの特性を活かしたカーナビゲーション・システムやインターネットを介した電子商取引の実験がライブ感覚で行われたが、これらのデモ、プレゼンが新都心全体の光ネットワークや衛星を介して次回あたりは行われるかもしれない。幕張メッセと、その背後の街空間が展示会の舞台としてシームレス化するのだ。「このまちでは100baseでも、ATMでも使用可能なインフラが新都心内の既存のビル群をネットしている。今回のPC WORLD EXPOの域内双方向CATVの実験がメッセと新都心の新たな可能性を提示した。」(前述のNTT海保氏)新都心内には、NTTの広帯域光通信網があり、主催者の具体的な要求さえあれば上述のような実験も今すぐにでも実現可能だ。

「2000年に幕張開催の国際会議では、チャーター便の発着するニューヨーク、成田両空港で外国のゲストが時々刻々インタラクティブな案内情報にアクセスできるようにして欲しいとの打診がある」と語るのは田部井正次郎千葉コンベンションビューロー専務理事だ。メッセのシームレス化はとどまることを知らない。

展示会新時代のメッセ都市を目指して
閑話休題。今、メッセの街、幕張新都心が街の若者たちによって「幕張スマートビーチ」と呼ばれ始めた。IT(information technology)関連の読者諸兄であれば、幕張メッセのあるJR京葉線海浜幕張駅を御存知だろう。駅から幕張メッセに向かって右手にそびえ立つ超高層ツィンビルがワールドビジネスガーデン(WBG)だ。このビルの4、5階にベンチャーの起業化を支援するベンチャーサポートセンター(VSC)がある。ここに事務所を置く株式会社ジョーネッツの豊田氏が「幕張スマートビーチ」の名付け親だ。IT関連展示会がめじろ押しの幕張メッセ。IBM、富士通、シャープ、NTT、SONY他のシステムセンターが居並ぶ幕張新都心。シリコンバレーが近年スマートバレーと呼ばれるようになったことになぞらえた通称だ。展示会しかなかった街に、人の息吹が聞こえ始めた。「日本の展示会も欧米のように何日も滞在しながら商談したり、会議に参加する時代が来なければならない。そうするためにもメッセの街にエンターテイメントが欲しい。」エレクトロニクスショー協会の入江事務局長は力説する。

そのメッセがCOMDEXの本拠地であるラスベガスコンベンションセンターと姉妹提携を結ぼうとしている。。つい最近ラスベガスの投資家が投資目的で幕張を訪問したという。やがて街全体がラスベガスのようなファミリーエンターテイメントを伴ったメッセ都市に変貌するやもしれない。

これからは廃材ゼロなどのエコロジー志向が展示会業界の施工、演出テーマだ。今年のモーターショーでもこれらの面で各社の展示技法にさまざまな主張が見られるはずだ。ドイツの出展各社には特に注目だ。幕張メッセは来年10月で開業10年を迎える。次の10年はわが国の展示会産業がグローバリズムの荒波にもまれる10年でもある。幕張メッセは、筆者のみならず、世界の展示会ウォッチャーが常にウォッチし続けなければならないグローバルメガセンターとして、その第一歩を踏み出したにすぎない。


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